小さくなれ、大きくなりたいんだけどな。
さるところで弦楽カルテットがあり、会場は響きも良さそうだしいそいそと出かけた。
こんな機会はないと思うので一番前に陣取る。椅子を並べただけでスペースもあり贅沢である。
一曲目が終わったところでトントンと肩をたたかれ、
「すみませんが小さくなってもらえます?見えないので。」
と言われる。
見ると高価そうな和服に身を包んだ60代の女性。いや70代かな。
「小さくなれってなれるわけないよ。マトリューシユカじゃないんだから。
見えないんだったら前に来いよ。空いてるんだから。だいたい俺の後ろでふんぞり返って
見えないからどけはないだろう。あんたが見える席に行きゃあいいだろ。
だいたいそんなに見たけりゃ早く来て席を取ればいいだろ。
おれは標準体だよ。デブや大男じゃないんだから。
デブや大男でもあんた、そんなこと言うの?言うんだろうな、きっと。
だいたいあんた、どこの殿様の奥方なんだ? いや、そういう人はそんなこと言わないな。
見かけは高価そうな和服着てろけどナカミはどうなんだろうね。あ、失礼なこと言いましたか?
売り言葉に買い言葉っていうでしょ。とにかくそんなこと言うのなら代わってやるよ。
え、いらない? 小さくなれって言っておいてどうすんだよ。おれはなれないよ。
いっそのこと寝そべっちゃおうかな。
失礼ですが私、間近で見たいので席を代わっていただくことはできないでしょうか?
なんてそのカッコでおっしゃれば、喜んで代わって差し上げますよ。」
と言おうかと思いましたが実際は「はい」、と椅子をずらして 「これでどうでしょうか?」
と言ったのである。
嗚呼、現実は哀し。